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「わたしの遠くはもう星々のあいだに」

何もかも上手くいったわけではもちろんないけれど、

何が上手くいかなかったかは全て忘却の彼方へ

 

自分の求めていたものを自分に与え 自分だけが自分を所有し

友はいつも側に、境界線を軽々と越えて飛び回り、よく笑い

全てに意味があるように、全てが流れに乗ったように感じた

 

ひたすらに愉快な一年でした

生まれて以来、最も自由な一年でした

 

 

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去年一年を覆ったあの暗く厚い孤独の雲は、新年、地元の書店でふと手に取った「今年の一冊目」がそれはそれは晴れ晴れと吹き飛ばしてくれたのです。

 

ライナア・マリア・リルケ(1875ー1926)

プラハ生まれ。代表作は『マルテの手記』

 

 

これはまだ彼を知らないわたしの書いた去年の暮れの文。 

circletofpearls.hatenablog.com

 

ふとした瞬間にどうしようもない孤独感に包まれて、どうしようもなく泣きたくなることが多かった。 それは、「誰もわたしのことを理解してくれない」なんていう傲慢なものではなく、どちらかというと、何かに興味を惹かれているうちに両親とはぐれてしまった子供のように、自分と周りを歩くひとたちとの間になんのつながりも感じられず、自分のよく知る、一緒にいて安心できるはずの人が視界から姿を消し、混乱して、立ち止まって泣きじゃくる、そんな孤独感だった。 小さな子供なら、両親はすぐに自分を探してくれるだろうし、泣いていれば近くの大人が迷子の子供に対するしかるべき処置を施してくれる。でもわたしはもうあとほんの少しで二十歳になる人間で、いつまでも小さな子供ではいられない。それなのに、どうしようもなく不安で、怖くなったときには、自分がいなくなったことに気づいて、必死になって探してほしいと思ってしまうくらいにわたしはまだ幼い。そんな大人と子供の狭間でわたしは一人、迷子になってしまったのかもしれない。 でもその狭間自体は、曖昧さがとても心地よく、わたしには今まさに必要なものに思えたものだし、18のわたしはその空間で非常によく成長した。わたしが恐れたのは狭間ではない。 「果たして、自分を探してくれる人がどれだけいるだろうか。」

「 孤独との戦いだった 」 - circlet of pearls

 

そしてこれが年が明けて初めて開いた、未知の作家の書簡を収めた一冊。

 

若き詩人への手紙・若き女性への手紙 (新潮文庫)

若き詩人への手紙・若き女性への手紙 (新潮文庫)

 

 

しかしおそらく、いつか多くの人々に可能となることをすべて、孤独の人間は今すでに準備することができ、迷うことのより少ない彼の手で築くことができます。それだからこそ、あなたはあなたの孤独を愛してください。そして孤独が美しい嘆きの声を響かせながらあなたに味わわせた苦痛をになって下さい。というのは、あなたに近い人々が遠くに思われる、とあなたは言われますが、それこそあなたの周囲が広くなり始めたことを示すものにほかなりませんそしてあなたの近くが遠くにあるのならば、あなたの遠くはもう星々のあいだに没し、実に大きいものです。あなたは全く誰一人伴うことのできないまでになったあなたの成長をお喜びなさい、そうして取遺される人々に対しても善意を持ち、その人々の前で毅然として取乱さず、あなたの疑惑で彼らを苦しめないように、また彼らには理解できないであろうあなたの確信や喜びで彼らを驚かさないようにしてください。(本文より引用)

 

わたしのことを長く知ってくれている人は「誰一人伴うことのできないまでになったあなた」「取遺される人々」から何かを思い出せそうな気持ちになってもらえるかもしれません。

 

この記事を覚えていらっしゃるでしょうか。

薄情者|BULLOGA

番号にとりつかれる虚しさを説かれる そしてまた一人だと気づく わたしはもっと上に行きたい その指標が数値ならそれで構わない もっと曖昧なものだったとしてもそれが上だとされてるところにいきたい 笑われるでしょう 不思議だね 別に何を言ってくれても構わないよ そうして安全なところに腰をおろして幸せを育てるのも暖かいなあって思ってる もう少し先で歩みを止めた人には敬意を示すよ それでもまだ足りないの 何でだろうね わかんないけどよくわかんないこの感覚に従って私はもう少し進んでみるよ

 

だんだん一緒に歩く人が減っていって もし仮に最後には一人になったとしても同じ地球のどこかで同じように泣きながらも歯を食いしばって歩いてる子とこの先ずっと登っていったところで会えるような気がしてるから そうしたら私はもう一人じゃなくなる ずっとずっと歩いてきた人たちと抱き合って喜んで綺麗な涙を流してみたい 大変だったねって労わってそこからの景色をずっとずっと登ってきた人たちと見てみたい

 

多分そこからは見える ほんと少しだとしても ここよりもはっきりと見える 完璧と言われているものがどんなものか きっと見える そんな気がする そしてもしそこから何も見えなかったとしてもそこに集うのはきらきらした人たち 諦めなかった 努力と才能に微笑まれた人たち もしそこから何も見えなかったとしても そこは夢みたいな素敵な人たちだけの場所 そこでなら 私は喜んで立ち止まろう 喜んで限界を受け入れよう 笑う人は置いて行くよ 止める人も置いていくよ 私のためだと言ってくれるのは嬉しい それでも私はあなたを置いていくよ ごめんなさいね 

 

完璧であること 1番であること どんなことかはわからない もしかしたら完璧になんてなるもんなのかもじゃないしれないし ほんとに誰にもなれないのかもしれない たけどそれは自分で確かめたい もしそこに行けたら教えてあげるよ そこを目指す価値はあったのか でもさ 私がそれを伝えたときにそれなら行こうと出発したって私は止めたりしないけどさ、あなた、もうかなり、ねえ?

 

2013年9月28日、まだ17歳のわたしが書いた日記です。

 

リルケの一つの書簡がいかに美しく正しく、わたしの残してきた点と点をつなぎ合わせたが、いかにわたしが衝撃を受けたか、おわかりいただけますでしょうか。書籍についてはまた別の記事でまとめたいので、リルケの話はこの辺にしておきます。ただこれだけはハッキリと記しておきたいのですが、この出会いは2016年1月の頭。新年の門出、最高の出だしをリルケはくれたわけです。文学は偉大。

 

そうして始まった2016年。2月には学校からの援助を受けてフランスに向けて経ち、ムスリム移民の直面する社会問題について学ぶフィールドワークに参加し、パリ、マルセイユ、エクス=アン=プロヴァンス、リヨンを巡りました。3月はめいいっぱい働き、4月に無事3年生になり、国際社会学部の履修を始めました。5、6月はその時間割が大当たり。視野の広がる授業に毎日目を輝かせ、毎時間集中してメモを取り続けました。7月の学期末試験ではかつてないほどの好成績を叩き出し達成感で満ち満ちとしていました。8月には去年と同様、再度北京語言大学を訪れ、昨年より1つ上のクラスで1ヶ月勉強しました。9月には留学に行っていた大好きな人たちが全員帰国し、日々の生活が一気に華やぎます。10月は春学期の授業のほとんどを引き継ぎ勉強します。11月はついに派遣留学の学内選考が始まりました。全学休講の静かな講義等で受けた面接は今年最も緊張した瞬間でまず間違いありません。12月に長年夢にまで見た英国留学の切符を掴み、ついに緊張の糸がほぐれ、中だるみの期間に突入しますが、同時に交友関係が広がった時期でもあります。12月も勉学の意欲はそう高くは保てませんでしたが、親しい人たちと過ごした1年を振り返るたびに、幸せな気持ちを感じずにはいられません。

海外での活動や体験報告など、詳細はこちらからどうぞ。

www.canpath.jp

 

人生は起伏のあるものだから、来年はそう上手くはいかないだろうけれど、何より今年手にした機会をどう生かすかは来年の自分にかかっているのだからしっかりしなければ。とは思うものの、ホロスコープは「今年から自由に動けるようになってきた」という予想を「それ以前は大変だった」という指摘と共に挙げた上で、来年の運勢について「ペースは常に自由」「より笑顔に満ちる」「遠方に赴け」「上手くいく」とみな口を合わせて背中を押してくれているので、もっともっとがむしゃらに、むしろこの勢いを失うことを恐れて邁進する一年にしようと思います。一息つくのはもっと後でいい。

 

I connected the dots by looking backwards.

 

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