読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「 孤独との戦いだった 」

 

探しているものも見つからず、輝きを忘れ、艶めきは失われ

心を痛め、深く悩み、何とか答えと呼べるものを捻り出すも

納得することも、諦めることも叶わず、最後に残る自尊心が

妥協を許さぬまま、時だけが過ぎる

 

自分を見失い続けた一年でした

生まれて以来、最も泣いた一年でした

 

自分という存在とは、物心ついた頃から自然と心を通わせていたおかげで、「思ってもない言葉を口にする」といった、自己管理不足とか、「自分に嘘をつく」といった「もう一人の自分」の新規作成だとか、そんなことに至ったことはない。でも自分を褒めてやることはできても、認めてやることはできない、そんな一年だった。

 

一つだけ自分を肯定できるのは、できる限りの情報収集を辞めなかったこと。そのおかげで幾多の機会を掴むこともできたし、いろんな場に足を運ぶきっかけにもなった。そういった経験から学ぶことも多かったし、自分のすべきことも明確になり始め、大学でのゼミの教授を選ぶ、といった専門分野の選択も順調に進め、終えることができた。中学、高校とじっくり思い悩んだり、心ゆくまで一人でのんびりと思いを馳せることが多かっただけに、自分をどう扱い、どう過ごせば自分が心地よいのかもう十分にわかっているし、自分の長所も短所も理解した上で少しずつでも登っていくことを考えることもできるようになった。自分は着実に成長しているだろうし、昨年の自分より今年の自分は確実に多くの知識を得て、経験を積んで、物事を理解するようになった。だから自分との対峙は習得できたのだろうし、今後大きな壁にぶつかることも、おそらくもうないだろうとも思える。

 

今年一年を満たした物悲しさはわたしの内面の話ではなかった。

 

孤独感。

ただひたすら。「孤独との戦いだった。」

 

わたしは毎日学校に通い、たまに寝坊したり、しっかりと起きて家を出てもバスが遅延して授業に遅刻したり、かと思えば時間が余るほど早起きをして優雅な朝を過ごしたり、ごく平凡な大学生として生活した。親の扶養を外れないギリギリの額までバイトをしてお金を稼ぎ、自分の生活費に充てたし、光熱費も携帯の使用量も毎月きちんと支払った。1年の頃より確実に計画性が上がり、余裕をもって課題をこなすことも覚えた。読みたかった本もたくさん読んで、映画も見て、会いたい友達にも会って、行きたいところには足を運んで、食べたいものを食べた。間違いなく、とても充実した一年だった。

 

それでも、ふとした瞬間にどうしようもない孤独感に包まれて、どうしようもなく泣きたくなることが多かった。

 

それは、「誰もわたしのことを理解してくれない」なんていう傲慢なものではなく、どちらかというと、何かに興味を惹かれているうちに両親とはぐれてしまった子供のように、自分と周りを歩くひとたちとの間になんのつながりも感じられず、自分のよく知る、一緒にいて安心できるはずの人が視界から姿を消し、混乱して、立ち止まって泣きじゃくる、そんな孤独感だった。

 

小さな子供なら、両親はすぐに自分を探してくれるだろうし、泣いていれば近くの大人が迷子の子供に対するしかるべき処置を施してくれる。でもわたしはもうあとほんの少しで二十歳になる人間で、いつまでも小さな子供ではいられない。それなのに、どうしようもなく不安で、怖くなったときには、自分がいなくなったことに気づいて、必死になって探してほしいと思ってしまうくらいにわたしはまだ幼い。そんな大人と子供の狭間でわたしは一人、迷子になってしまったのかもしれない。

 

でもその狭間自体は、曖昧さがとても心地よく、わたしには今まさに必要なものに思えたものだし、18のわたしはその空間で非常によく成長した。わたしが恐れたのは狭間ではない。

 

「果たして、自分を探してくれる人がどれだけいるだろうか。」

 

待ちを歩くとき、学内を歩くとき。

わたしは何か探求心に突き動かされているとき、自分の思うままに動くのが一番心地よいからふらりふらりといろんな場所を巡る。でも気付けば自分の静寂と相対して周りは賑やかで、とても楽しそうで。人が人と集まり何かについて熱心に話し合い、笑いあう。そんな当たり前の光景が、ひどくわたしを突き放すような、そんな気分に何度落ちいっただろうか。何度深く心を抉られただろうか。地元で過ごしていた頃は、常に友達がそばにいて、お互いの傷を共有し、慰め合い、支え合って、馬鹿みたいにくだらないことで毎日お腹を抱えて笑っていた、輝かしい青春の時代のわたしは、この孤独を知らなかった。この孤独に気づかなかった。

 

一般的に孤独と向き合うことは、己を成長させ、強くすることとして捉えられている。

でもわたしはこの孤独に触れ、その孤独を認識することで弱く、脆くなった。

 

不当に扱われればすぐに苛立ち、そのくせ苛つかれれば深く傷つき、思いやりが足りないと感じれば泣いて責めてわたしを大事にしてくれている人を困らせた。

 

だからもちろん、わたしには、わたしに会いたいと思わせる魅力がないし、自分は思ったより出来ないやつだ。そんな絶望感を払拭できない一年だった。

 

 

でもわたしはわたしを幸せにする義務がある。確かにこれはわたしの人生最大の課題となった。だからあとはこれについて熟考し、解決を試みる。でも、ただ、それだけだ。そしてこれはきっと一年で乗り越えられるものではないから新年の抱負にも相応しくない。この壁はわたしを強くしないし、より深みある人間にもしない。でもわたしは解決を試みなければならない。その義務がある。今年はこういう一年だった。それは事実であり、それを記録として残す。そしてそれを出来るだけ冷静に見つめ、考察し、仮説を立てては検証を繰り返し、対策を練っては施行する。そうやって、まるで仕事のように扱い、目標達成を目指す。


わたしはわたしとじっくり向き合ってきた。だからわたしはわたしの良き理解者であってくれるし、わたしはわたしの味方で居続けることが出来る。そうして自分との関係が完成したわたしに与えられた最初の試練。わたしはわたし以外の人間との関わり方を知らない。わたしを無条件に好きでいてくれる人たち以外の人と上手く付き合えない。世の中を、上手く渡り歩けない。

わたしは、わたしの直面した、この静かな挫折とじっくり向き合うことにしよう。

今年は今日終わり、明日新しい年を迎える。どんなに早すぎる、実感が湧かないと焦ったところで、仕方のないことだ。年の変わり目を意識したところで、変わった瞬間に突然何かが変わるわけではない。昨日から今日になったように、今日が明日に繋がるだけだ。でも確かにこの節目は気持ちを改めて、心を決めるきっかけにはなってくれるだろう。そう信じて、わたしは新しい一年を生きる。

 

 若き詩人への手紙・若き女性への手紙 (新潮文庫)

若き詩人への手紙・若き女性への手紙 (新潮文庫)